図書館司書

図書館は「社会的記憶装置」

人類が言語を発し、文字を発明し、書物を編むことを知って以降、営々と生み出してきた知的生産物や記録資料(文化)。図書館は、これらを社会的に記憶させるための「社会的記憶装置」の役割をつとめてきました。

 

古代の図書館は、まず、著作物を保管する「社会的記憶装置」として誕生しました。現代の図書館は、著作物の収集・整理・保存を適切に行ったうえで、閲覧を希望する人びとに提供することも加わりました。

 

人類の歴史上、最古の図書館といわれるのは、紀元前2000年ごろ、メソポタミアのニップールに存在した神殿の図書館。また、メソポタミア(現・イラク)北部のアッシリアのニネヴェにあったアッシュールバニパル王の図書館は、部屋ごとにテーマが設けられていたとか。

 

発掘によると、室内の造りつけの棚には、約2万点の粘土板が収められ、粘土板にはそれぞれタグがつけられ、蔵書の管理もなされていたことがみてとれます。また、紀元前1500年の古代エジプトでは、ラムゼウス神殿内の図書館が知られ、神殿内の図書館は、ギリシア・ローマ時代にも継承されました。

 

世界史上、最も有名なのは、紀元前300年頃、世界中の文献を収集するとして建てられたエジプトの「アレクサンドリア図書館」です。エジプトを統治したアレクサンダー大王の死後、大王の統治を継承した統治したプトレマイオス1世が、「ムーセイオン」という学園をつくり、アレキサンドリア図書館を併設したもの。

 

アルキメデスが「浮体論」をプトレマイオス王に献呈し、代々の館長は、子午線の発見者であるエラトステネスら、高名な学者がつとめました。若きクレオパトラ7世も通ったそうです。最盛期には、エジプト史をはじめ、文学、地理学、数学、天文学、医学などの分野から、70万巻あまりの書物が、パピルスの巻物として所蔵されたといわれています。

 

紀元前47年に焼失したアレキサンドリア図書館。最も画期的だったのは、「ピナケス」という大規模な目録が作られ、資料を検索することができた点といわれています。